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大阪地方裁判所 昭和48年(わ)620号 判決 1974年5月02日

被告人 小松米次

大一二・一二・一七生 無職

主文

被告人を懲役四年六月および罰金一〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金千円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  兵庫県尼崎市長洲中通三丁目一〇番地で圧力計の製造・販売を業とする東洋精器製造株式会社を経営するかたわら、大阪市浪速区大国町二丁目一〇四番地の一五の自宅などを本拠にして、南一家吉田組組長をしている実弟吉田忠義らと共に、債権取立や手形割引のあっ旋などに関係していた者で、昭和三七年一月一〇日大阪地方裁判所において暴力行為等処罰に関する法律違反、恐喝、詐欺、同未遂、傷害、監禁等の各罪により懲役二年六月の判決を宣告され、控訴して保釈されていたものであるところ、

一  債務の返済に迫られ、返済資金の調達に利用するため、行使の目的をもって、ほしいままに、同三九年二月上旬頃、前記東洋精器製造株式会社において、同会社備付けの印字器を使用して、その頃買い求めた為替手形用紙二枚の各金額欄に「五拾萬円」と記載し、さらにこれを前記大国町の被告人方自宅に持ち帰り、その頃同所において、右二枚につき、自宅にあった日付印を使用してうち一枚の満期欄に「昭和卅九年六月拾日」、他の一枚の満期欄に「昭和卅九年六月拾五日」と、またあらかじめ買い求めておいたゴム印を使用して各振出地・支払地欄に「大阪市」、各支払場所欄に「株式会社三和銀行梅田支店」、各引受人欄に「大阪市大淀区豊崎西通一丁目二〇番地ベルマン産業株式会社代表取締役野島政枝」と、さらに、たまたま持ち合わせていたゴム印を使用して各振出人欄に「大阪市生野区中川町一丁目四十五、大豊物産株式会社代表取締役西口喜代治」とそれぞれ記載し、右各振出人名下にたまたま持ち合わせていた大豊物産株式会社代表取締役印を、また右各引受人名下に有合わせの丸型花押印をそれぞれ押捺し、その他所定の記載をして、もって、ベルマン産業株式会社代表取締役野島政枝引受、右大豊物産株式会社代表取締役西口喜代治振出名義の金額各五〇万円の為替手形二通を偽造し、同年二月一〇日頃、大阪市南区順慶町四丁目二五番地三和銀行順慶町支店において、情を知らない滝井寅雄を介して、同支店貸付係長長谷川恵一に対し、右為替手形二通が真正に成立したもののように装って割引依頼のため一括提出して行使し、もって割引金名下に金員を騙取しようとしたが、同人が調査の結果偽造であることを発見して割引に応じなかったため、その目的を遂げず、

二  1、知り合いの南こと吉田峯之助から、同人が井上晃より騙取した川崎興産株式会社常務取締役高見司郎振出にかかる約束手形三通(金額各一〇〇万円)の割引斡旋を依頼され、その賍物であることの情を知りながら、同三九年七月八日頃、大阪市東区平野町二丁目一一番地金融業松田商会事務所において、同商会経営者松田昇に対し、右吉田峯之助のため右約束手形三通の割引を依頼して承諾させ、翌九日頃同所で、右手形割引代金二、五一八、五〇〇円を右松田から吉田峯之助に交付させ、

2 知り合いの藤原春義から、前同様吉田峯之助が井上晃より騙取した振出人・金額とも前同の約束手形一通の割引あっ旋を依頼され、その賍物であることの情を知りながら、同月二三日頃、兵庫県宝塚市切畑字長尾山一四番地宝塚高原ゴルフクラブ事務所において、三木緑郎に対し、右藤原のため右約束手形一通の割引を依頼して承諾させ、翌二四日頃同所で右手形割引金八五万円を三木から藤原春義に交付させ

もって、それぞれ賍物の牙保をし

三  株式会社日宣の経営もしている実弟の前記吉田忠義から頼まれ、大阪市西区京町堀二丁目一四一番地中村ビルに事務所のある興栄産業株式会社の代表取締役栗山三郎に対し、株式会社松庫商店代表取締役桑原用二郎振出の約束手形一〇通(金額合計三千万円)の割引あっ旋を依頼していたところ、思うように割引ができなかったところ、同年一一月六日午後五時頃、吉田忠義のほか、前記吉田組組員姜富治らが右興栄産業の事務所内に押し掛け、吉田忠義において、金員喝取の意図の下に、右栗山三郎に対し、「これをどうしてくれるんや。日宣を潰すなら潰せ。若い者を一ぱい連れて来てここへ入れるから、めし喰わせてくれ。俺は割って貰えると思って一、三〇〇万円の小切手を切った。今になって割れんということでは、この小切手は不渡りや。責任を負え」などと怒号し、その頃右事務所内に来て吉田忠義の右発言を現認していた被告人において吉田忠義の右意図を察知して加担すべく、ここに吉田忠義と意思相通じて共謀のうえ、被告人において、居合わせた興栄産業常務取締役久元豊司に対し「吉田も困っているし、このままではえらいことになる」などと申し向け、さらに、隣りの社長室に右栗山を誘って同人に対し、「弟はやくざやから何をするか判らん。しかし自分がついている以上手を出させない。弟の言うとおりにしたってくれ」などと申し向け、そこに入室して来た吉田忠義において、右栗山に対し「六〇〇万円の約手を貸せ。日証で割って東京へ発つ」などと約束手形の交付を要求し、これに応じなければ興栄産業の営業や、同人の身体に危害を加えない気勢を示して右栗山三郎を脅迫して畏怖させ、よって、同日午後九時過ぎ頃、同所において、同人から同会社代表取締役栗山三郎振出の金額各一〇〇万円の約束手形六通の交付を受けて、これを喝取し

四  知り合いの原田正造から、同人の西山彰彦に対する債権約四三万円の取立を依頼され、これをさらに前記吉田忠義や姜富治および吉田忠義の配下の尾崎松治らに依頼していたところ、同三九年一一月一九日頃、大阪市浪速区敷津町二丁目一〇番地石田ビル内の前記株式会社日宣の事務所において、被告人も同席するなかで、吉田忠義において、右西山が原田正造に対し借金はすでに吉田らに払っていると言ったことを取り上げ、右西山に対し「お前、いつ俺達に金を払った。お前の言いようでは、俺達が横領したように聞こえるやないか」などと怒鳴りつけ、尾崎松治において、灰皿や手で右西山の後頭部を殴打し、また、姜富治において、革靴で西山の腹部を二、三回足蹴りするなどの暴行を加え、同人が畏怖しているのに乗じて、吉田忠義、尾崎松治、姜富治において、意思相通じて、右西山から金員を喝取すべく、吉田忠義において「明日正午までに金を持って来い」と要求し、被告人も、右吉田忠義ら三名の意図を察知しながら、同人らと意思相通じて共謀のうえ、右西山から金員を喝取しようと企て、同人に対し被告人において早く弁済するように促し、この要求に応じなければ、さらに暴行を加えられるものと同人を畏怖させ、よって、翌二〇日頃、同所において、尾崎松治において右西山から現金二〇万円の交付を受けて、これを喝取し

五  戎初男と共謀のうえ、酒井建設から割引あっ旋名下に約束手形を騙取しようと企て、誠実に手形割引をあっ旋し、割引金の全額を交付する意思もないのに、あるように装い、同三九年一一月二九日頃、前記大国町の被告人方自宅にある大国興業株式会社事務所において、被告人において右酒井建設常務取締役佐々木賢正に対して電話で「日歩五銭五厘で割引してきてやる」と嘘を言い、さらに翌三〇日頃、右事務所で、戎初男において、右佐々木に対し「割引金は先日約束どおりのレートですぐできる。二、三時間以内に渡すから手形を委せてくれ」などと嘘を言って、その旨同人を誤信させ、その場で同人から東京通商株式会社代表取締役谷川一恵振出、右酒井建設代表取締役酒井猛裏書にかかる金額四〇〇万円二通、同三〇〇万円二通、同二〇〇万円三通の約束手形合計七通(金額二、〇〇〇万円)の交付を受けて、これを騙取し、

第二  判示第一冒頭記載の判決につき大阪高等裁判所において昭和四一年一一月五日控訴棄却の判決を受け、これを不服として上告し、さらに保釈されている間に、判示第一の一ないし五の各事実について同四三年一月二四日大阪地方裁判所において懲役三年および罰金一〇万円の判決を受け、これまた、不服として控訴し、これまた保釈されていたところ、以上の各事件について実刑判決を回避することは困難な見通しにあり、その刑期も予想を上廻るものであったので、自己が戸籍上死亡したことにして刑の執行を免れようと企て、同年三月一日頃、前記東洋精器製造株式会社内にあった当時の自宅において、行使の目的をもって、死亡診断書用紙の氏名欄に小松米次、死亡年月日欄に昭和四三年三月一日午前一一時一〇分、死亡の場所およびその種別欄に大阪市浪速区大国町二丁目一〇四番地・自宅、死亡の原因欄に直接死因脳溢血、作成日付欄に昭和四三年三月二日などインクで記載し、診断医師欄に、ほしいままに、いずれも、その頃偽造した「大阪市西成区新開通四丁目一八番地阿部医院阿部勝次」の記名印と、またその名下に「阿部」と刻した丸印とをそれぞれ押捺し、もって同月二日付医師阿部勝次作成名義の小松米次の死亡診断書一通(昭和四九年押第一一号の一)を偽造し、翌二日頃、右自宅において、右死亡診断書用紙片面の死亡届用紙に、同居の親族(妻)小松ユリ子名義で小松米次が同月一日午前一一時一〇分右浪速区大国町二丁目一〇四番地の一五で死亡した旨記載して、浪速区長宛の虚偽の死亡届を作成し、同日同区新川三丁目六五五番地浪速区役所において、同区役所戸籍係員に対し、右偽造にかかる死亡診断書一通を真正に成立したもののように装って右死亡届とともに提出して行使し、その頃同区役所戸籍係員をして、小松米次の戸籍の原本に、その旨不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(証拠説明の補足)

弁護人および被告人は、判示第一の一の事実の為替手形二通について、すでに死亡した福永武雄から割引を依頼されて受取ったものであるが、受取ったときには、すでに引受人欄、金額欄に記載がなされていて、被告人は振出人欄を補充したに過ぎない旨主張・弁解するところ、被告人のこのような弁解は前審第一七回および第二六回公判廷でもなされているのであるが、被告人は捜査段階はもとより前審公判廷でも当初は犯行を自白しており(被告人の当公判廷における供述)、捜査官に対する自白は具体的で、被告人の右の如き弁解の存在を疑わしめる事情は認められず、被告人が福永武雄死亡後に初めて自白を覆えすに至った理由も首肯し得るものではない。もっとも、印字器の鑑定が決定的なものでないことは弁護人指摘のとおりであるが、滝井寅雄の警供(二通)によっても、被告人は偽造が発覚した時も、福永武雄から受取ったなどの弁解はしていないのであって、被告人の右弁解は信用できず、前掲各証拠を綜合すれば優に判示事実を認めることができる。被告人の弁解は信用できない。

弁護人および被告人は、判示第一の二の各事実について、知情の点を争うところ、このような弁解は前審でもなされているのであるが(第一八回、第一九回各公判調書)、被告人は捜査段階で犯行を自白していて、この自白は具体的で信用し得るものであるばかりか、吉田峯之助の検供謄本(40・4・27付)も、被告人の一部弁解に具体的に反論していて、ことさら供述を一致させようとした形跡も認められないなど信用できるものであって、前掲挙示の証拠によって知情の点も優に認めることができる。吉田峯之助の右検供謄本に被告人に「迷惑をかけない」と言った旨の記載のあることを弁護人指摘のとおりであるが、その前後の記載に照らせば、これをもって弁護人主張のように知情性否定の根拠にすることはできない。被告人の弁解は信用できない。

次に、弁護人および被告人は、判示第一の三の事実につき、恐喝の共謀を否定し、むしろ吉田忠義の言動を制止した位である旨主張・弁解するところ、被告人は前審公判廷でも同様弁解をしている(第一六回公判、第一九回公判)。たしかに、被告人が直接脅迫文言を用いた形跡は認められないものの、前掲証拠によっても明らかなように、途中からとはいえ被告人も犯行現場に居合わせて、判示の如き吉田忠義の言動を現認し、かつ前掲久元および栗山の各供述によれば、被告人も、吉田忠義の要求が理不尽なもので、興栄産業側において妥協案ですら受け容れるべき理由のないことを知悉していたことが明らかであり、加えて、証人吉田忠義の当公判廷における供述(第五回)によっても、同人は実弟として兄の被告人を立て、被告人の言うことには従っていたことが認められるにもかかわらず、被告人において、吉田忠義の言動を制止して要求を断念させようとした形跡は全く窺われず、仲介者の如く振舞って結局は吉田忠義の要求を容れさせたこと、前掲各証拠によって認められる被告人と吉田忠義との後期からの関係など以上の諸事情に鑑みれば、被告人と吉田忠義との間に、遅くとも、判示認定の時点において判示の如き共謀の成立したことを推認するに難くない。

さらに、弁護人および被告人は、判示第一の四の事実につき、恐喝の共謀を否認し、被告人は前審公判廷においても同様の弁解をして、穏便に交渉したに過ぎない旨供述するところ、被告人が吉田忠義らに債権取立を依頼した時点においてすでに恐喝の共謀が成立したとする確証はないけれども、前掲各証拠によれば、判示のように、被告人も現場に居合わせて、尾崎や姜の暴行や吉田忠義の言動を現認しながら、即刻これを制止することなく、吉田忠義が金員の要求に乗り出すや、被告人も催促に及んでいることが認められ、被告人に吉田忠義や尾崎、姜らに対する統制力のあったことは、西山彰彦の公供において、「小松は他の者の乱暴を見ながら制止しなかった。乱暴が続き、『もう止め』と言った。すると皆止めた」という趣旨の記載にあることに徹しても明らかであり、これに、前掲各証拠によって認められる本件債権取立の経緯に加えて、前記第一の三についての判断で触れたような被告人と吉田忠義との関係を併せ考えると、遅くとも判示認定の時点において判示の如き恐喝の共謀が成立したことを推認するに難くなく、これに副う被告人の捜査官に対する自白、吉田忠義の検供謄本(42・1・17)(略)を綜合して、判示事実を肯認することができる。弁護人は権利行使の面を強調するが、原田正造の公供には、「一二月に小松に受取ったが電話をしたところ、あんなん、もうあきらめようということで、誰からも一銭も入らなかった」旨の記載があり、これによっても、権利行使のゆえに前記認定が左右されるような事情のなかったことは明らかである。被告人の弁解は信用できない。

(公訴棄却の主張に対する判断)

本件記録によれば、被告人は、本件昭和四八年二月二七日付起訴状記載の公訴事実について、昭和四〇年に五回に分けて大阪地方裁判所に公訴を提起され、同四三年一月二四日同裁判所において懲役三年および罰金一〇万円の判決の宣告を受けたこと、同判決に対し控訴を申立て、その控訴審係属中に保釈された被告人は、判示第二で認定したとおり、自らの死亡診断書を偽造し、これを内容虚偽の死亡届と共に大阪市浪速区役所戸籍係員に提出して、戸籍に不実の記載をさせるなどしたうえ、被告人死亡の旨を実弟小松大膳などを介して事件担当の弁護人藤田三郎に連絡し、さらに内容虚偽の除籍謄本を同弁護人に交付するなどしたこと、その結果、大阪高等裁判所は、右控訴事件につき、同四三年四月一六日、被告人が同年三月一日に死亡したことを理由に刑事訴訟法三三九条一項四号に基き公訴棄却の決定をし、同決定は即時抗告の申立もなく確定したこと、以上の事実を認めることができる。

弁護人は、本件昭和四八年二月二二日付起訴状による公訴提起は、すでに一審で有罪判決があり、控訴審で被告人死亡を理由とする公訴棄却決定の確定したのと同一の事実に対するものであるから、以下の理由により違法であり、刑事訴訟法三三八条四号によって公訴を棄却すべきであると主張する。

まず、弁護人は、形式裁判とはいえ公訴棄却の決定が確定すれば、内容的確定力が生ずるから、本訴において、先に大阪高等裁判所がした被告人死亡の認定を覆えして、再度の公訴提起を肯定することはできない旨主張する。しかし、公訴棄却の決定はいわゆる形式裁判であるから、その裁判が確定しても再起訴は原則として妨げられないと解すべきであり、これは、刑事訴訟法三四〇条が例外的に、公訴取消による公訴棄却決定が確定したときに再起訴が妨げられる旨規定していることに照らしても明らかである。このことは、被告人死亡を理由とする公訴棄却決定が確定しているときも同様であり、まして、被告人死亡の事実認定が内容虚偽の証拠に基づくものであったことが、新たに発見された証拠によって明白になったような場合にまで、なおも、この公訴棄却決定の示した判断が拘束性を保有して、後の再起訴を妨げるものとは、とうてい解することはできない。本件において、大阪高等裁判所の公訴棄却決定が内容虚偽の証拠に基づくものであり、それが新たに発見された証拠によって明白になったことも、判示第二で認定した経過に照らして明らかであり、何にもまして、死亡したとする被告人が当法廷に立つに至ったこと、この事実に優る証拠はないのであるから、大阪高等裁判所が公訴棄却決定で示した判断は当裁判所を拘束しないものと解するのが相当である。

そして、本件審理の経験に鑑みれば、たとえ公訴時効完成期間内とはいえ、本件のように、被告人が前審以上に犯行を争い、他方証拠が散逸している状況下においては、再起訴事件の審理には前審以上の困難が伴うものであることは否定し難いところであり(幸い、本件では期日外の準備と弁護人の協力により比較的短時間に審理を終えることができた)、そもそも、被告人死亡の場合は後発的事由により死亡以後の訴訟が成立しなくなったに過ぎないのであるから、被告人死亡の虚偽が判明した場合には、公訴棄却決定直前の状態に訴訟を復活させることの方が、むしろ訴訟経済の要請にも副いうるものといえようが、このような措置を肯定した規定のない現行刑事訴訟法下においては、前審は大阪高等裁判所のした公訴棄却決定の確定によって有効かつ終局的に消滅したと解するのほかなく、したがって、被告人に対する再起訴を妨げるべき事由はなんら存在していないと解するのが相当である。

弁護人は、前審が被告人側控訴の事件であるにもかかわらず、再起訴を受けた裁判所が前の第一審判決でした刑より重い量刑をしないとの保障もないから、再起訴を肯定することは刑事訴訟法四〇二条所定の不利益変更禁止の原則に反することになる旨主張する。しかし、同法四〇二条は、せいぜい同一訴訟手続内において被告人の正当な上訴権の行使を妨げないために設けられた規定に過ぎず、再度の公訴提起まで禁ずる趣旨の規定と解することはできない。

また、弁護人は、すでに前第一審において有罪判決を受けた被告人に対し、同一事実について再び公訴の提起を許すことは、憲法三九条後段に違反する旨主張するが、前第一審判決は大阪高等裁判所の公訴棄却決定の確定により消滅しているのであり、憲法三九条後段がこのような場合の再起訴まで禁止した規定と解することはできない。

さらに、弁護人は、現行刑事訴訟法下において、再起訴は刑事訴訟法三四〇条の場合に限って例外的に許されるに過ぎない旨主張するが、同条規定の文言に照らしても、この規定は再訴を例外的に制限したものに過ぎないことは明らかであって、弁護人の主張は独自の見解というのほかはない。

以上の次第で、弁護人の主張はいずれも採用し難く、本件において、再度の公訴提起ひいては実体審理ないし実体判決を妨げるべき事由は、何ら存在しないと解するのが相当である。

(確定裁判)

被告人は、昭和三七年一月一〇日大阪地方裁判所において暴力行為等処罰に関する法律違反、恐喝、傷害、詐欺、同未遂、監禁の各罪により懲役二年六月に処せられ、同裁判は同四三年三月九日確定したものであって、この事実は検察事務官作成の昭和四八年二月一四日付前科調書(略)によって、明らかである。

(法令の適用)

被告人の判示第一の一の所為中、各有価証券偽造の点はいずれも刑法一六二条一項に、同各行使の点はいずれも同法一六三条一項に、詐欺未遂の点は同法二五〇条、二四六条一項にそれぞれ該当するが、右各偽造有価証券の行使は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であり、かつ右各有価証券偽造、その各行使、詐欺未遂の間には、順次、手段結果の関係があるから、同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として、最も重いと認められる詐欺未遂罪の刑(但し短期は偽造有価証券行使罪のそれによる)によって処断する。

判示第一の二の各所為はいずれも同法二五六条二項、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条適用)に、判示第一の三および四の各所為はいずれも刑法二四九条一項、六〇条に、判示第一の五の所為は同法二四六条一項、六〇条にそれぞれ該当する。

判示第二の所為中、有印私文書偽造の点は刑法一五九条一項に、同行使の点は同法一六一条一項、一五九条一項に、公正証書原本不実記載の点は同法一五七条一項、前記罰金等臨時措置法三条一項一号に、同行使の点は刑法一五八条一項、一五七条一項、右措置法三条一項一号にそれぞれ該当するが、以上は、順次、手段結果の関係があるから、刑法五四条一項後段、一〇条により最も重いと認められる偽造有印私文書行使罪の刑で処断する。

ところで、以上の各罪は前示確定裁判のあった罪と刑法四五条後段の併合罪なので、同法五〇条により、いまだ裁判を経ない判示の各罪についてさらに処断することとし、なお、右各罪もまた同法四五条前段の併合罪の関係にあるから、懲役については同法四七条本文、一〇条により、刑および犯罪の最も重いと認められる判示第一の三の罪の刑(但し短期は前示第一の一の罪の刑による)に法定の加重をし、罰金については同法四八条一項によりこれを右懲役刑と併科することとし、同条二項により罰金額を合算し、その刑期および金額の範囲内において、被告人を懲役四年六月および罰金一〇万円に処し、同罰金を完納することができないときは、同法一八条により金千円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、有価証券偽造、同行使、詐欺未遂、賍物牙保、恐喝、詐欺等の各罪により第一審裁判所において懲役三年および罰金一〇万円のいわゆる実刑判決を受けた被告人が、これを不服として控訴し、その保釈中、刑の執行を免れるなどのため医師の死亡診断書を偽造するなどして死亡を装い、訴訟関係者を欺罔し、右控訴審において被告人死亡を理由とする公訴棄却の決定を受けたものの、事が露見して逮捕され、一旦公訴が棄却された事件が再起訴されたほか、死亡診断書の偽造等も訴追の対象とされるに至った裁判史上も稀な事件ということができる。

ところでいやしくも、一審・判決に不服があれば、上訴をもって争うべきであり、殊に量刑に不服があれば、控訴審でその不当を主張するとともに、遅れ馳せながらも被害者に弁償の誠意を示すことなどによって減軽を求めることこそ人間の道というべきであるのに、新たな犯罪を犯してまで裁判と刑の執行を免れようとしたことは、被告人の反省の態度の欠如ひいては法軽視の態度を物語るものといえないではなく、このことは、右第一審判決の対象となった犯行自体が、これまた、それ以前に受けた第一審の実刑判決に対する控訴審係属中、保釈の身でなされていることに照らしても明らかである。そのほか、再起訴分については、主として手形割引にからんだ犯行で、動機に同情の余地もすくなく、恐喝については組関係者の勢威を利用したものであり、恐喝、詐欺の被害額だけでも金額にして合計二、六〇〇万円余に達していることなど、以上の諸点に鑑みれば、被告人の刑責は重いというべきであるが、再起訴分のうち、有価証券偽造に端を発した詐欺事件については結局未遂に終って実害なく、二件の恐喝も当初からの共謀を肯認しうる確証なく、いずれも吉田忠義の主導によるものであること、被告人自身の利得は皆無のものもあり、被害額の一部に止まっていて、共犯者において弁償したものもあることなどの諸点を、死亡診断書の偽造等に関する事件については、二度目の実刑判決でありながら、再度の裁量保釈を許されたことが、かえって被告人の法軽視の態度を助長させるに至ったといえないではなく、詰まるところ犯行が露見して割の合わぬ結末を招いていること、反省の態度その他被告人に有利な一切の事情を考慮して、主文のとおり量刑する。

よって、主文のとおり判決する。

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